1月24日、佐賀県・福岡県・長崎県が合同で原子力防災訓練を行いました。
各地で様々な訓練が行われましたが、避難計画を調査する中で特に深刻な問題をはらんでいた要援護者避難とスクリーニングの訓練の現場を見てみたいと、今年は特別養護老人ホーム玄海園の避難訓練と、伊万里市から鹿島市へ避難する住民の杵藤クリーンセンターでのスクリーニング訓練などを見学してきました。山口祥義・新佐賀県知事と岸本英雄・玄海町長の現場での行動・発言も見聞してきました。
実際に起きるであろうことを想定しない、甘い条件での訓練であり、それでさえも、数多くの問題が浮き彫りになりました。玄海原発の避難訓練全体の一部にすぎませんが、以下、報告します。不十分な記述もあるかと思いますが、ご容赦ください。
見学行動に多数の市民が参加していますので、今後、全体像をみなさんと共有していきたいと思っています。
(2015年1月26日
玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会 永野浩二記)
目次
【1】特別養護老人ホーム「玄海園」避難訓練 ~現実とほど遠い甘い条件での「スムーズな」避難
【2】住民スクリーニング検査・除染訓練 ~渋滞不安、高い基準値、車両除染なし…これでは汚染拡大を防げない!
【3】玄海町民の避難所での講話、知事挨拶 ~知事が「寄り添う」べきは誰?
【4】まとめ ~現実からかけ離れた避難訓練。避難計画では命を守れない!
(参考:事象の進展予定)
08:00 警戒事象通報
08:30 原災法10条通報、施設敷地緊急事態要避難者避難指示
09:00 原災法15条通報
09:10 原子力緊急事態宣言発出、PAZ(5キロ圏)一般住民避難指示、UPZ屋内退避指示
10:00 原災法15通報(続報)(敷地境界付近の放射線量上昇)
10:20 UPZ(30キロ圏)特定地域OIL2による避難指示
【1】特別養護老人ホーム「玄海園」避難訓練
現実とほど遠い甘い条件での「スムーズな」避難
●訓練に備えて準備万端
朝7時45分、私達は佐賀市から車で、玄海原発から約3キロの丘の上に立つ特別養護老人ホーム「玄海園」に到着。北西の海の方向に原発が見えます。原発から風が吹いてくることが多いのですが、この日の朝は幸い、風は違う方向でした。
玄関横の駐車場には、すでに自衛隊車両が到着しています。原発から約65キロ離れた陸上自衛隊久留米駐屯地の部隊でした。まだ事故が起きる予定の時間の前ですが、入所者と職員を移送する車が周到な準備で手配されていました。民間バス会社のマイクロバスも到着していました。
1階ロビーに入ると、職員のみなさんと、入所者役の他の施設の職員(車イスに乗っている)が、ミーティングを行っていました。迷彩服の自衛隊員もすでに整列して待機していました。
玄海園は入所者100名、職員80人。この日の訓練で30キロ圏外の多久市の施設などに避難させるのは入所者18名と、職員20名。寝たきりなどで避難させるのが困難な人たちは屋内退避させることになります。
入所者を実際の訓練に参加させるのは難しいということで、入所者役18人はすべて他施設の職員でしたが、訓練でさえ難しいことを、実際に事故になった時におしつけるというわけです。
●屋内退避対策も万全に...
8:10 災害警戒本部から第一報が入る
施設長が、すでに集まっている職員や入所者(役)らに「避難準備」開始を指示。
担当職員が、屋内退避のために、換気扇のスイッチが切れているか、扉や窓が閉められているか、1つ1つの部屋を点検しに行きました。
施設長に確認の報告がされると、外の庭にある非常用発電機を動かしに、職員1人がマスクも防御服も身に着けないまま、屋外へ。発電機のスイッチを入れると、ゴーッと音が鳴り、無事動きだしたようです。そして事務室に戻り、放射性物質をフィルターで取り除いて建物上に張り巡らせたダクトで空気を循環させるフィルター・ユニットを作動させました。
正面玄関の自動ドアも自動で開かないようになりました。テレビ局のカメラが「このように屋内退避のために、自動ドアは閉まり、密封されました」とセンサーに手をかざしても開かないドアをなめるように撮影していました。年上のカメラマンが、うまい動き方をしない若いレポーターに何度も撮り直しを命じていました。
職員らが避難受入先の施設への連絡などをしているうちに、時間は過ぎていきます。この間にも事故はどんどん進展しているはず…
●そして首尾よく避難車両へ
8:40 対策本部から「10条通報」。
PAZ(5キロ圏内)の住民は「避難準備開始」ですが、要援護者には先行避難ということで避難指示が出ました。
ロビーで待機していた入所者役の方達が次々、玄関で待機している車両(自衛隊マイクロバス、民間マイクロバス、自衛隊救護者、ワンボックス車両、リフトつき車両の5台)に乗り込んでいきました。
車イスの入所者役の方はバスのドアの前で立ちあがると、あとはすいすいと中に入っていきました。実際の事故時には、入所者の方達はスムーズにロビーや玄関までたどりつけるでしょうか。さらに車両に難なく乗り込めるでしょうか。
寝たきりの方は、担架にのせかえて、そのまま自衛隊救護車両へ運び込まれました。移送中の振動がかなりきつかったようですが、寝たきりの方がそれに耐えられるでしょうか。
折り畳み車イスを10台、県が前夜から用意していたそうですが、それも積み込みました。
なお、この間、先ほどの閉められた自動ドアは、開きっぱなしでした。放射性物質が中に入ってきますよ!テレビカメラがあんなに一生懸命撮影してたのに!
車に乗りこむのが意外とスムーズにいったようで、全員が乗り込んだ後も車両はすぐには出発せず、しばらく待機していました。そして、予定時刻になって、避難先へと出発しました。
●送り出した施設にて
とりあえず送り出してホッとしている職員の方に聞きました。
私達「こんなにスムーズにいきますかね?」
職員「訓練ですからね~」と苦笑い。
私達「5キロ圏内ですが、安定ヨウ素剤はどうしていますか?」
職員「家族の方でもらっている方もいるようですが、施設としてはどうするかまだ決めていません」。
私達「避難途中でスクリーニングは受けないんですか?」
職員「5キロ圏内の避難は、放射能が出てくる前の予防的避難なので、スクリーニングはしないことになっているので...」
私達「去年度は屋内退避訓練で、窓の目張りとか物資調達とかもしていましたが、今年はしないんですか?」
職員「今年は去年8月にできた非常用電源とフィルターユニットが動くかどうかの確認だけなんです」
そのフィルターユニット装置は、電源が入るかどうかの確認だけなので、すでに止まっていました...
しかし、止めたはずのスイッチのランプがついたままになっていたようです。理由が分からないようでした。非常用電源は3日間しかもちません。屋内退避者の命がかかっています。大丈夫でしょうか...。この問題はちゃんと報告され、善処されるのでしょうか。
●「びっくりするほどスムーズに」
9時10分、原子力緊急事態宣言が内閣総理大臣から発出される。
この時には、避難車両を送り出した玄海園では、すでにすべての訓練がスムーズに終わっていたのでした。
誰もいなくなってガランとした玄海園のロビーを見ながら、以前、施設長から聞いた言葉を思いかえしました。
「福島なみの事故が起きたら、実際には難しいでしょうね…」。
一方で、この日のすべての訓練が終わって、玄海町民の避難先で岸本英雄・玄海町長は、嬉しそうに、こんなことを言いました。
「訓練はみなさんの協力でびっくりするほどスムーズにいきました」と。
【2】住民スクリーニング検査・除染訓練
渋滞不安、高い基準値、車両除染なし...これでは汚染拡大を防げない!
特別養護老人ホーム玄海園の避難訓練の見学の後、伊万里市から鹿島市へ避難する住民のスクリーニング(放射能汚染検査)・除染会場となる武雄市の杵藤クリーンセンターへ向かいました。避難訓練で住民スクリーニング訓練を行うの初めてです。
その途中、伊万里市内を通っている10時半頃、UPZ(30キロ圏)特定地域に避難指示が出たということで、仲間の1人のドコモの携帯には「緊急速報メール」が来ましたが、私(ソフトバンクのガラケー)やアイフォンの仲間の携帯にはメールがきませんでした。いずれにしても、「実測値で放射能が1時間に500マイクロシーベルト」という値が出たということでの避難指示。伊万里市も全域が30キロ圏内なのですが、この日に避難訓練を行うのは立花地区180人だけ。まわりは、いつもと変わらぬのんびりな風景。
本当に原発事故が起きたときも、はじめのうちは、住民に情報が届かず、こんな感じなでしょうか。
●スクリーニング・除染の手順
10時40分頃、会場に到着。杵藤クリーンセンターは玄海原発から30キロを少し超えた地点にあります。
担当の県の医務課から、今日の手順の説明を聞きました。
今日、訓練でここに来るのは伊万里市立花地区の住民179人だけ。避難先の鹿島実業高校へ、マイクロバス8台、自家用車13台の合計21台で向かう途中に立ち寄ります。車両検査場は20数台ぐらいおける駐車場です。
まず、車両の簡易検査をGMサーベイメーターで行い、タイヤとワイパーとフラジエーターの3か所を検査して、β線で1000cpm以下なら、汚染なしと判断。車両はそのまま通過させ、住民も乗ったままで、特に検査しない。
簡易検査で1000cpm以上になると、詳細検査で先の3か所に運転手の足元のマットを加えて入念に調べて、40000cpm以下なら、汚染なしと判断、住民もそのまま通過させる。40000cpm以上なら、初めて「汚染あり」と判断される。
その場合にのみ、建物前の屋外のスペースにて、住民のスクリーニング検査を行う。
そして、住民が同じく40000cpm以上の値が検出されれば、携行品検査をして、除染する。
県の保健所などの放射線検査技師ら約20人が検査を担当する。
――以上がおおまかな手順です。
●渋滞は必至
11時過ぎ、最初の避難車両が到着しました。
ポイントの1つは、車両の簡易検査が何分で終わるのか、待っている車両の渋滞ができないのか、ということでした。
ただちに、技師らが3人1組で車両検査を始めます。練習をされていたのでしょう、手慣れた動作で検査を終え、「異常なし」ということで、車両を通過させました。2台目のバスは目安と言われていた「2分」よりもずっと早く1分30秒ほどで通過しました。しかし、その後に続く、車両はあっという間に列をなしていました。
実際の事故時には、ここを何台の車が通ることになるのか、伊万里市の防災担当者に聞きましたが「まだスクリーニング場所も正式に確定したわけではないし、試算していない」とのことでした。避難経路を見るに、杵藤クリーンセンターは30キロ圏の住民が避難することになった場合、伊万里市や唐津市の避難民がおそらく数万人、車も1万台ぐらいは通過するのではないでしょうか。1台にかかる時間だけでなく、全体数を念頭に入れなければ、実際の事故に備えることになりません。
これら渋滞の不安を、マスコミや、訓練終了後に伊万里市長、知事でさえも指摘していました。
●車両汚染の訓練はしなくていいのか
さて、バス8台、自家用車13台のうち、それぞれ2台ずつ計4台が「詳細検査」で「汚染あり」と判断されました。
で、その汚染車両をどうするのか。なんと、今回の訓練では「汚染処理」訓練をしないというのです。
「検査して汚染されたのが分かっても、それを処理しなければ、検査した意味がないのでは?」と担当者に聞きました。
「国の指針で、汚染車両の除染方法がまだ決まっていないので...」
訓練とはwikipediaによれば、「実際に、何らかのことを行って習熟させること」です。
「実際に何らかのこと」を行なわないこんな手抜き訓練で、放射能汚染の拡大をいざという時に防げるわけがありません!
このことを報道は伝えていません。
●汚染廃棄物の処理
さて、人のスクリーニングですが、4台に乗っていた39人が、頭、あご、手の甲、手のひら、足の裏、の順に検査していきました。検査技師が3チームで、手際よく進めていました。
この日は、たった1人だけ、基準の40000cpmを超えるという設定でした。その方だけ、携行品検査をして、ジャンパーを脱ぎ捨て、ウェットティッシュで手足のふき取りによる除染を行いました。再検査したところ、40000cpmだった数値が、再度測って1300cpm以下に落ちたということで、バスへと戻っていきました。
ふき取りをした「汚染ティッシュ」をどうするのか、除染担当者に聞いてみました。
「ちゃんと処理することになっていますが、具体的にどうするかは私にはわかりません」とのことでした。
スクリーニング・除染で出た「放射能汚染物」は、事業者九州電力が責任を持って処理することになっています。これは、県知事への質問でも、九電本店との交渉でも確認したことですが、具体的なことは決まっていないという回答を引き出していたので、意地悪な質問でしたが、やはり「処理方法は決まっていない」ということを確認できました。
●高すぎる除染基準値
報道ではこれも問題にされていませんが、40000cpmなどの基準自体が実は大問題です。
スクリーニングを担当していた放射線技師に聞いてみました。
「人を除染して、1300cpm以下になれば安全というのは、放射線管理区域からものを持ち出す際の基準の4ベクレル/㎠に相当するから理解できる。しかし、そもそも車両検査で40000cpm(120ベクレル/㎠相当)以下なら、汚染なしとみなして除染もせずに通過させてしまうのは、危険ではないですか。30倍ですよ」。
技師「「いや、全然問題ないですよ。自然放射能で50cpmはあるし、それをバックグラウンドと呼んでいます(この関連性は意味不明)。まだ決まった数値ではなくて、その都度、国が判断することになっていますが、今回はこの数字でやることになっています。福島では10万cpmが緊急時の基準でしたから、4万cpmというのは十分低いのです」。
30倍という、こんなに甘い基準では、放射能汚染が、どんどん広がっていく可能性があります。
また、いい加減な検査・除染による「差別」も生じかねません。
●住民、視察者の話
同乗者全員の検査が終わるまで建物内で休憩しているバス避難者に私達の仲間が話を聞きました。
「こんなことまでして、原発いりますかね」と聞くと、「いらんよね」と言われた方。「今まで恩恵を受けているからね~」と言う若い人。
「原発をなくしましょう、って運動をしているんですよ」と話しかけると、ある方には「あんたたちが反対というから、訓練なんて余計なこともしなきゃいけなくなったよ」と言われました。その知人の方がすかさず、「違う、違う、反対せんばいけなかろうもん!」って言ってくれましたが。
山口新知事と、知事選を争った樋渡氏の後継者である小松・武雄市長も現場視察に来ていました。神妙な顔つきで2人は話されていましたが、仲間が市長に「2人で原発の話をされたんですか」と話しかけてみたところ「昨日の式典への出席のお礼を伝えただけ。原発の話はしていない」とのことでした。
視察に来ていた県議は「原発はあるんだから活用しなくちゃ。ただ、安全第一に、だ」なんて漏らしていました。
避難訓練の実際を見たのなら、こんなことを住民に押し付けていいのか、果たして命を守れるのか、そもそも原発が必要なのだろうかという、本質的なことを政治家達には真剣に考えていただきたいものです。
【3】玄海町民の避難所での講話、知事挨拶
知事が「寄り添う」べきは誰?
●放射能安全講話
12時過ぎ、スクリーニング会場を後にして、玄海町民の避難先(今回の訓練では759人)、小城市の小城公民館と桜岡中学校へ向かいました。
避難先では、避難訓練の最後に小城をはじめ県内3か所で、九州大学の教員らによる「放射能安全講話」があり、住民や小中学生達は聞かされました。例によって「自然放射線など放射線は身近なもの」「喫煙によるリスクの方ががんになる確率が高い」「100ミリシーベルト以下の放射線とがんの関係は明らかになっていない」「デマに注意」などの話です。事故時の予防線をはっているのです。そんな話よりも、福島で避難を経験した方のリアルな話を聞いてもらうべきです。
●「びっくりするほどスムーズな訓練だった」と喜ぶ玄海町長
「住民に寄り添いたい」「見直しが必要」と言う山口知事
講話の後、山口・佐賀県知事らが順に挨拶に立ちました。
山口知事は「玄海町のみなさんに寄り添って、しっかり安全対策をしていきたい。みなさんのご意見を寄せていただきたい」と。
岸本玄海町長「訓練はみなさんの協力でびっくりするほどスムーズにいきました」と喜びながら、「安心を感じていただけるよう、しっかり対策に取り組んでいきたい」と。
受入先の江里口・小城市長は「長期避難となった時にどうするのか、1つの課題として残っている。日頃から取り組んでいきたい」と述べ、訓練はすべて終了しました。小城市長は県内で唯一「脱原発首長」に加わっているので、もっと踏み込んだ発言をしてほしいところです。
山口知事は、すっと、住民のところに駆け寄って、腰をかがめて、何やら、話かけました。知事を追っかけるマスコミのカメラが殺到しました。知事のキーワード、まさに「寄り添う」シーンは恰好の写真ポーズなのです。
知事は「再稼働の方向」を明言していますが、本当に「寄り添う」ならば、原発に不安を感じる県民に寄り添っていただきたい!原発再稼働という国策を大前提にしないでいただきたい!県民の命と暮らしをどうやったら守れるのかを第一に考えてほしいのです!
訓練終了後、知事は「スクリーニングは見直さないといけない。実際に機能するか、これからチェックしたい」と記者に語ったそうです。現時点では、機能するかどうかも分からないと、知事は認めたわけです。そんな状態で、再稼働させるとしたら、あまりにも無責任です。
【4】まとめ
現実からかけ離れた避難訓練。避難計画では命を守れない!
以上、原子力避難訓練に際して直接見聞きした、現場からのレポートでした。
昨年来、古川康・前佐賀県知事が「避難計画はワークする」と言い張ってきたことに対して、私達は市町への調査などを通じて、避難計画がいかに数合わせの机上の空論であるかを明らかにしてきました。
今回、私達が見ることができたのは全体の一部にすぎませんが、要援護者施設の避難と、スクリーニングという大きな問題において、実際に起こりうる想定とはかけ離れた甘い条件であること、それでさえも問題が噴出していることが浮き彫りになりました。
避難所や集合場所が災害危険区域にある問題、離島での放射線防御施設への屋内退避の問題、風向きの予測や30キロ圏外にも放射能が及んだ時の避難方向・方法の問題、保育園・幼稚園児の避難…等々、避難計画にかかる問題は山積しています。これらの問題点を、市民が具体的に追及し、明らかにしていくことが、再稼働を止める大きなチカラになります!現地調査や自治体への要請行動を引き続き、ともに行っていきましょう。
避難訓練は現実をふまえていない!
避難計画では命を守れない!
原発再稼働絶対反対!