5月23日、提訴16周年年次活動報告会を開催しました。
私たちは1月20日の控訴審不当判決に対して上告を断念し、16年にわたる4つの裁判闘争はすべて終結することとなりましたが、その直後から「命を守るため仲間とともに闘い続ける」ことを表明しました。
この日の年次報告会では、裁判発足の経緯や各地のみなさんの思いと行動も出し合いながら、今後の活動の方向性について意見交換の場を持ちました。
その中で
・「裁判をする会」としては、27年度をめどに、報告集を発行するなどして区切りをつけ、会を閉じること。
・これまでの会の運動を引き継いで、今後も玄海原発と全国の原発を止めるために市民の集まる会として運動を続けていくこと
――を参加者全員で確認することができました。
第二部では、美浜の会代表の小山英之さんが講演し、「六ケ所再処理工場のガラス固化工程に本質的・根本的欠陥がある!全国で連携して六ケ所再処理・プルサーマルにけん制をかけよう!」と呼びかけられました。
また、玄海町の核ゴミ文献調査の期間終了が迫る中、現状や取り組みを共有しました。
2010年2月21日の裁判発足集会から16年が過ぎました。全国のみなさんの長きにわたるご支援とご協力があったから、4つの裁判を闘ってくることができました。
あらためて御礼申し上げます。
ありがとうございました。
これからも、原発のない社会を未来の世代に引き継ぐために、みんなで闘っていきましょう。
ともに、よろしくお願いいたします。
主催者挨拶
“原発も戦争もない社会を未来の人たちに手渡したい”
2026年5月23日
玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会
代表 石丸初美
私たちの裁判闘争は、2006年2月、玄海3号機で日本初のプルサーマル計画が持ち上がった事を機に始まった運動です。同年10月「プルサーマル・大事な事は住民投票で決めよう佐賀県民の会」 が「プルサーマル計画受け入れの賛否を問う県民投票条例制定」の署名活動を実施しました。しかし、佐賀県議会であっけなく否決され、この運動の延長で私たちは2010年8月9日、玄海3号機MOX燃料使用差止で佐賀地裁に提訴しました。東京電力福島第一原発事故以前ということもあり、原告は九州に絞り130名で提訴しました。奇しくも3.11は2回目の口頭弁論の日で地裁へ入廷中の事でした。この東電の事故を受けて裁判闘争を4訴訟に進め、原告を全国に広げて募ってきました。MOX使用差止裁判は2016年に、再稼働差止仮処分裁判は19年に終結しています。
MOX裁判から16年、共に闘い続けてきた原告団の仲間と、裁判を担っていただいた大阪の弁護団のみなさまと美浜の会の小山英之氏の大きな後ろ盾があったこと、加えて全国の支援して頂いた全てのみなさまのお陰なくしては成り立たなかった裁判です。ほんとうにありがとうございました。心より深く感謝申し上げます。
2026年1月20日、福岡高等裁判所は、『玄海3号機、4号機運転停止命令義務付請求控訴事件(行政訴訟)』『九州電力玄海原子力発電所運転差止請求控訴事件』において、運転差止を求めた住民約300名の訴えをいずれも棄却しました。
「人権を守り未来を守る最後の砦」であるはずの司法が、本来の責務を放棄した極めて不当な判決です。しかし、原告団と弁護団は、事実認定をせず憲法判断のみとなる現状の最高裁では、この控訴審判決の内容では闘うことができないという判断し、苦渋の選択として、最高裁上告を断念しました。
しかし、原発は命の問題であり、ここで諦めるわけにはいきません。私たち自身の裁判は悔しい結果となりましたが、全国で続く数多くの裁判のどこかで、必ず正義が示される日が来ると信じています。その積み重ねが、必ず未来を変えると確信しています。
国民は東京電力福島第一原発の事故から多くの事を学びました。原発事故が一度起これば「人の命や暮らし、尊厳を奪う。取り返しのつかない犠牲は避けられない」という現実と、事故から15年が経った今もなお、「原子力緊急事態宣言」を解除できない状況が続いていること。そして、日夜を問わず被ばくのリスクを抱えながら働く数千人もの労働者の人たちによって、私たちの今の生活が守られています。「原発は犠牲の上にしか成り立たない」この事実を政府の責任において国民に知らせるべきです。しかし現実は国民に十分に伝わっていません。原発の問題は命と暮らしの問題だということを知ったものとして、私たちは子どもたちを守るために裁判に挑んできました。
いま世界ではいくつもの戦争が起き、核兵器が使われる可能性さえ語られるほど危険な状況にあります。戦争は、人々の命と暮らしを容赦なく残酷なまでに壊してしまう許されない事です。それは、事故が起きれば住民の命と暮らしを奪う原発の問題とも重なります。元には戻らない悲劇でしかありません。唯一の戦争被爆国である日本は、核の悲惨さを世界に訴えてきました。しかし同時に、原発の使用や再処理によって、核兵器の材料となるプルトニウムを大量に保有している国でもあります。日本は「核なき世界」を目指すと掲げながら、核兵器の材料になり得るプルトニウムを保持し続けているという矛盾を抱えています。こうした事実が国民に十分に知らされないまま、原発推進の政策が進められていることに、私は不安と危機感を覚えてなりません。「爆弾」か「発電」という違いがあっても、核がもたらす被害の構造は同じです。被ばくするのはいつも弱い人々と生きものたちであり、その痛みを「平和利用」という言葉で正当化してはならないのではないでしょうか。
「平和とは、原発も戦争もない社会」です。私たちは原発も戦争もない社会を未来の人たちに手渡したいと願っています。「原発はいらない」と声を挙げ続けましょう。























